概要
研修や勉強会を成功させようと思ったら、教育プログラムの設計から始めることが大事です。設計の際、盛り込む要素は、①学習目標、②評価方法、③学習方法の3点です。G.ウィギンズとJ.マクタイは、①→②→③の順に、ゴールから逆算して設計するアプローチを提唱し、これは「逆向き設計」と呼ばれています。
ここでは、これを下図のように表現し、「勉強会のV字モデル」と呼ぶことにします。V字モデルの3要素を互いに連動させることで、実現性が高い勉強会の設計を網羅的に進めることができます。実践の中で知識やスキルを使いこなすことを求める課題は、パフォーマンス課題と呼ばれます。逆向き設計は、研修や勉強会のコンテンツにパフォーマンス課題を適切に位置づける指針を与えてくれる理論であり、実務の現場でも親和性の高い考え方です。

用法
上司から、「管理部門の部長が、部員にソフトウェアの理解を深めてもらいたいらしい。そのための勉強会を企画してくれないか。」と言われたとします。さて、このようなときに、何をどのように考えていけばよいでしょうか。ここでは、依頼元のニーズ調査や学習者の特性把握などは実施している前提で、勉強会をどのように設計するかに絞って方法を述べます。
(1) 学習目標を立てる
研修や勉強会が終わったときに、学習者が何を達成できていればよいかを考えます。教育活動は、どの順番で何を教えていくかを積み上げの発想で考えがちですが、逆向き設計では、最終的にもたらされる結果から遡って考えるというアプローチを取ります。
学習目標を表現する際のポイントを表 1に示します。表 1を踏まえて、本事例では表 3のように学習目標を設定しました。表 3のように、目的と学習目標を区別して設定してもよいですし、学習目標だけを設定してもよいです。目的を達成するために、学習目標の達成を目指すような勉強会を検討します。勉強会を複数回開催する場合は、共通の目的を設定し、各回の勉強会でそれぞれ学習目標を設定するのが一般的だと思います。
No. | ポイント | 説明 |
1 | 主語を学習者にして記述する。 | 学習目標を明確かつ具体的に設定することで、評価を容易にし、学習者も自己評価することが可能になる。学習者の行動の形で記述した目標は行動目標と呼ばれ、観察可能な表現となる。 |
2 | 1つの文章で1つの目標を記述する。 | |
3 | 学習者の実現可能な行動の形で記述する。 | |
4 | 目標に条件を設定する。 | 条件を設定することで、目標の難易度をコントロールすることができる。例えば、「手順に沿って作業を行う」という目標は、手順書を見ながら行う場合とそうでない場合では難易度は異なる。条件には、①実行を促す条件と②行動目標を客観的に評価するための条件の2つがある。例えば、①の場合、「ツールを用いて」「指導者の指示に基づいて」「他者の協力を得て」といった言葉で条件を表現できる。②の場合、「順序正しく」「できるだけ多く」「5%の誤差で」といった言葉で条件を表現できる。 |
5 | 評価方法と連動させて組み立てる。 | 学習目標と評価方法には連動性がある。そのため、学習目標が修正されれば、評価方法も修正の必要がないか検討することになる。教育活動で用いられる評価方法にはいくつかの種類があり(表 2)、目的に合わせて選ぶことになる。 |
種類 | 知識・理解 | 思考・判断 | 技能 | 関心・意欲 | 態度 |
客観テスト | ◎ | ○ | |||
記述テスト | ○ | ◎ | |||
レポート | ○ | ◎ | ○ | ○ | ◎ |
観察法 | ○ | ○ | ◎ | ◎ | ○ |
口頭(面接) | ◎ | ◎ | ◎ | ○ | |
質問紙法 | ◎ | ○ | |||
実演 | ○ | ◎ | ○ | ○ | |
ポートフォリオ | ○ | ○ | ○ |
目的 | ソフトウェア開発の特徴、技術、知識に触れ、より身近にソフトウェアを感じられるようになること。 | |
学習目標 | ソフトウェア開発の関連語彙を新たに4つ以上獲得する。 | [認知的領域(知識)] |
コンピュータの3大原則を述べることができる。 | [認知的領域(知識)] | |
動くソフトウェアができるまでの流れを説明できる。 | [認知的領域(理解)] | |
ソフトウェアと品質の関係を具体的な例を挙げて説明できる。 | [認知的領域(応用)] |
(2) 評価方法を決める
学習目標が達成できたことを確認するための評価方法を考えます。一般に、評価方法は研修や勉強会のコンテンツ作成後に検討されることが多いと思いますが、逆向き設計では、教育活動が行われた後で考えられがちな評価方法を先に考えます。また、評価方法は、学習目標と連動させることが大事です。学習目標と評価方法の対応例を表 2に示します。表 2は、表頭に評価の側面を並べ、表側に評価方法を並べたものです。◎や〇が学習目的と評価方法の連動性が高い部分となります。
本事例では、主に知識の獲得と活用に関する学習目標を目指すことになるため、評価方法は勉強会前に行う事前確認問題と勉強会後に行う事後確認問題としました。事前と事後に同じ問題を解くことにより、正解状況と知識の獲得状況を把握することができます。
(3) 学習方法を決める
研修や勉強会の進め方を検討します。学習方法には、講義や演習が挙げられます。知識や技能を身につける習得型であれば講義形式で、獲得した知識を活用して問題解決を行う探究型であれば演習形式で構成します。学習方法は、学習目的や評価方法とも連動するため、どのような研修や勉強会にしたいのかによって、講義、演習、それらの組み合わせを考えます。
本事例では、知識伝達のための講義を採用しますが、講師からの一方的な知識提供では学習者がどの程度関心を示し、知識に触れているかが分からないため、Think-Pair-Shareという手法を組み込むことにしました。これは、講師からの問いかけに対して、学習者が1人で考え(Think)、ペアで共有・議論し(Pair)、その内容を全体で共有する(Share)方法です。学習者の一人ひとりが話しやすい環境を提供し、全員が参加して知識を獲得する勉強会を実現しやすくなります。
効能
逆向き設計は、教育内容の各論を考える前に、どのような教育をしたいのかを具体的に構想するためのツールです。教育プログラムは、事前に設計することで、学習者のための学習の指針にすることができます。学習者自身が学習指針を知ることは、安心感にもつながります。また、教育者自身も必要な準備をした上で研修や勉強会に臨め、進めることができます。さらに、教育プログラムは組織資産として蓄積、活用することで、未来にとっての財産になります。加えて、他部署からの期待に対応できます。文書化することで、他部署への展開も容易になり、組織に対する社会的信頼も向上します。
注意
教育プログラムの設計には、目標設定や評価基準策定といった知識が求められ、ある程度の手間がかかります。どの程度時間を掛け、どの程度の到達度を目指すのか、教育者側で目安を置き、バランスを取ることが大事です。
参考文献
逆向き設計のエッセンスを手軽に得たい読者には文献[1]を、学校教育でも通用する本格的な授業設計の方法を知りたい読者には文献[2]をお勧めします。
[1] 西岡加名恵, 『「逆向き設計」で確かな学力を保障する』, 2008, 明治図書 |
[2] 中島英博, 「授業設計」, 2016, 玉川大学出版部 |