経験から学習する方法

概要

人の成長の7割は経験によって決まると言われます1。しかし、同じ経験をしていても、成長の度合いは人によって違います。その違いは、経験を通して学ぶ力に違いがあるためです。

組織行動学者のデイビッド・コルブは、経験から学ぶサイクルとして図1(a)を提唱しています。このモデルをうまく使うことで、主体的で連続的な成長につなげることができます。

図1 経験学習サイクルと経験学習を阻む壁

用法

上司から、「プロジェクトの要求分析が終わったらしいね。活動の振り返りを頼むよ。」と言われたとします。さて、このようなとき、何をどのように考えていけばよいでしょうか。経験学習サイクルを用いると、表1の順番で考えることになります。

要素 説明
(1) 経験 体験前、体験中、体験後の具体的な内容を書き出す。
・感情(感じたこと)
・思考(考えたこと、計画したこと)
・行動(やったこと、工夫したこと)
・成果(成果物、うまくいったこと、うまくいかなかったこと)
(2) 振り返り 挙がった経験を他者の見方により理解・考察し、自分の見方に取り込んで、再考察する。
・自分の感情、思考、行動、成果に対する他者からの意見、フィードバック
・改めて、(1)を再考察して気づいたこと
(3) 一般化 再考察に基づき、具体的な事例から客観的にとらえた本質をスキル、ノウハウとして一般化する。
・得られた成果を俯瞰して言えること
・一般化、公式化
(4) 仮説設定 一般化によって学んだことを他の場面、他の課題に応用としてどのようなことができるかを考える。
・他に適用できそうな場面、課題
・今後、応用する場合に関連するスキル、知識、新たに必要なこと
表1 経験学習サイクルの要素

(1) 経験

体験前、体験中、体験後の具体的な内容を書き出します。感情(感じたこと)、思考(考えたこと、計画したこと)、行動(やったこと、工夫したこと)、成果(うまくいったこと、うまくいかなかったこと)を書き出します。

(2) 振り返り

挙がった経験を他者の見方により理解・考察し、自分の見方に取り込んで、再考察します。自分の感情、思考、行動、成果に対する他者からの意見、フィードバックを言語化します。改めて、(1)を再考察して気づいたことを挙げます。

(3) 一般化

再考察に基づき、具体的な事例から客観的にとらえた本質をスキル、ノウハウとして一般化します。得られた成果を俯瞰して言えること、一般化や公式化できることを整理します。

(4) 仮説設定

一般化によって学んだことを他の場面、他の課題に応用としてどのようなことができるかを考えます。他に適用できそうな場面や課題を想定したり、今後、応用する場合に関連するスキルや知識、新たに習得が必要なことを整理したりします。

経験学習サイクルに沿って振り返った例を表2に示します。一般に、プロジェクト活動は不確定性を伴います。この例では、要求分析を進めるにあたっての漠然とした不安を起点に、判定会議に向けた日々の取り組みを振り返り、得られた教訓を今後どのように活かすかが振り返られています。

可能であれば、他者を交えて実践することで、自分にはない視点での振り返りを行うことができます。

要素
(1) 経験 要件分析フェーズで、要求の収集と優先付け、工数見積もりをしなければいけないが、前任者が異動を控えていたり、メンバが減ってきたりして、うまくいくのか漠然とした不安があった。
判定会議が迫ってきたので目の前の作業を何とかこなしたが、判定会議では、「のべ件数としてはわかったけど、本来対応すべき件数が何件かは明確にして欲しい」とコメントがついた。
(2) 振り返り [Q.準備は順調だったのか?]
並行する他のプロジェクトの作業もあったので、資料作成に着手するのが1週間前になってしまった。そのため、案件によっては詰め切れないものも出ていた。
[Q.なぜコメントがついたのか?]
承認者・判定者からすれば、単にリストを提示しただけだと件数だけが多く見えてしまう。実際には流用もあるので、実質的なボリュームが伝わるような説明をすればよかった。
(3) 一般化 [Q.開始時期の教訓をまとめると?]
テンプレート確認は、少なくとも2週間前には済ませておいた方がよい。
[Q.合意形成の教訓をまとめると?]
企画定例会議が1回流会すると、審議も延びてしまうので、重要案件は期限を切って話し合いの場を設けることが大事。あいまいなまま判定会議に臨まないこと。
[承認者・判定者対策の教訓]
要求数が膨大になる場合、新規・流用の区別は承認者や判定者にも分かるように管理する。
(4) 仮説設定 [Q.今後の判定会議に向けてできることは?]
判定会議に向けては、計画策定にあたり、他部署との合意形成やリソース調達が必要な部分については放置せず、アクションの期日を明確に決める。
[Q.今後必要なアクションは?]
○○機能の実力判断は、判定会議の時点で計画化したい。そのためには、次機種の機能搭載を早めに決めてもらうよう企画定例会議にアジェンダとして挙げる。
表2 記載例

効能

経験学習サイクルを意識的に実践し続けることで、主体性を持って積極的に状況に対応し、ある状況で得た学びを別の状況でも活かすことができます。つまり、持続可能な成長を遂げることになります。この効能の背景にある2つの原理の概要をまとめておきます。

[相互作用の原理] 学習者が周囲の環境と主体的に相互作用しているときに働く原理です。例えば、営業担当者が顧客の悩みを傾聴し、解決方法を模索しているときは相互作用の原理が働いています。逆に、顧客の話を上の空で聞いていて、他のことを考えている場合は相互作用の原理を満たしていません。

[連続性の原理] ある経験を通して学んだ内容をその後の別の場面で応用されているときに働く原理です。例えば、営業担当者がある商談で得た知識やスキルを別の商談で適用しているとき、連続性の原理が働いています。逆に、過去に得た知識やスキルを活かせないときは連続性の原理は満たしていません。

注意

経験学習サイクルの実践は簡単ではありません。図1(b)に示した3つの壁があるからです。経験はしても、そこからの学びがないとまた同じ経験を繰り返す(振り返りの壁)、経験を振り返っても、よかった、ダメだった、辛かったといった感情だけでその経験を終わらせてしまう(教訓の壁)、教訓が抽出できたとしても、その教訓を他の場面で適用しない(応用の壁)といった3つの壁です。

業務では、限られた時間とコストをかけつつも、より質の高い成果物を得ることが求められます。しかし、役に立つ知識を得るために、時間やコストをかければかけるほどよいという前提を置いてしまうと、その活動はやがては疲弊する活動となるでしょう。そのため、業務に振り返りのプロセスを組み込むには、できるだけ軽いプロセスでこれらの壁を乗り越える必要があります。

参考文献

経験学習に関する先行研究を概観したい読者には文献[1]を、経験学習サイクルの詳細を学びたい読者には文献[2]をお勧めします。

[1] 中原淳, 「経験学習の理論的系譜と研究動向」, 日本労働研究雑誌 No.639, 2013
[2] 松尾睦, 「経験学習リーダーシップ」, ダイヤモンド社, 2019

 

  1. Lombardo, M. M., and Eichinger, R. W. (2010), “The Career Architect: Development Planner (5th ed.)”, Minneapolis, MN: Lominger International.
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